教基法関連

闘う大学教授として…

ゆきとどいた教育を考える三八の会が主催した11.24の教育講演会は、弘前大学教育学部の大谷良光教授でした。大学の先生なので講演の難しさを心配していましたが、さすがに現場出身、中学での生活指導と父母との共同の経験が豊かな方でしたので、心配は杞憂に終わりました。
長野県の出身ですが、信州大学在学中は信濃教育会による異常な教育実習(長期、長時間勤務)をただすためにたたかい、要求は実現したものの就職差別にあってながのを離れ、東京で教員生活を送った方でした。生活指導の実践も豊かですが、大学での講義やゼミは、県内はもちろん全国の実践をふまえた内容になっていて、学生たちにも好評なようです。
講演の内容は、「闘う大学教授」という講師紹介での言葉通りのものでした。それは、自分が闘うだけではなくて、子ども・教育を守るために教職員と父母・地域の共同のたたかいが必要だと力説していたことに表されていたと思います。改悪教基法・教育改悪三法との具体的に対決していくことが大切だという思いがあふれるお話でした。
当日の記録として、DVDビデオとMD録音があります。ごらんになりたい方はゆきとどいた教育を考える三八の会事務局(43-7734)にご相談を。

なお、音声の記録は編集して後日アップします。

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学テで八戸市教委に申し入れ

 4月17日、ゆきとどいた教育を考える三八の会は八戸市教委に対して、全国一斉学力テストについての申し入れを行いました。申し入れを行ったのは、高教組三八支部、県教組三八支部、新婦人八戸支部の代表(複数)及び会事務局の7人、市教委の側からは教育長、教育次長、八戸市総合教育センター所長及び管理主事、事務局の5人でした。教組・市民団体、個人で構成されている私たちの会の申し入れに対して松山教育長が出席したのは、あまり例のない対応だと思います。教育長の真摯な態度を評価したいと思っています。
 申し入れは、学テ実施に反対する態度を基本としつつ、競争教育を招かないため、また、個人情報保護のために、受験したくない生徒への配慮、氏名・出席番号の記入を強要しないこと、学校ごとの平均点を公表したりしないことを要請したものです。教育長は、「懇談として設定された場なので、(交渉のように)個別の要請に一つずつ回答することはしないが、議会で同趣旨の質問が行われており、そこで答弁している通りだ」、「申し入れの趣旨は十分理解する」と発言しました。
 私たちの側からは、「学力調査であれば抽出で行えばよい。そうしないのは別のねらいがあるからだ」、「プライバシーが守られず、子どもと家庭の情報が受験産業に提供されることが心配」、「テストで子どもと教師を追い込むことは、教育のゆがみをひどくするものだ」などと訴えました。これに対して教育長は、「一人ひとりを大事にしていきたいという気持ちだ」と述べ、20分の懇談を終えました。
 会のメンバーはその後、市政記者室で会見し、懇談の様子を伝えながらも学テの危険な本質を力説して来ました。
 写真は記者会見の様子ー懇談では、事前の申し入れをしなかったので撮影できませんでした。

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全国一斉学力テスト反対の申し入れをします。

 ゆきとどいた教育を考える三八の会は、八戸市教委に全国一斉学力テスト反対の申し入れをすることになりました。
 4/24に予定されている全国一斉学力テストは、競争教育のいっそうの激化を招くこと、生徒・保護者の個人情報保護の面で大きな問題があること等が指摘されています。ゆきとどいた教育…三八の会は、この問題を重要視し、市教委に申し入れをおこなうことにしました。
 4/17におこなわれる申し入れと懇談には、教育長、次長、市総合教育センター所長など、全国一斉学力テストについて八戸市で責任を負う立場の方々が出席することになっています。申し入れでは実施反対の立場を述べるとともに、仮に実施する場合でも個人名記入を強要したり、学校ごとの点数を公表したりしないようにと申し入れてくるつもりです。
 

※今日は午後の授業がないので、上記の行動に合わせて午後半日の休暇を取得したのですが、部活動編成の日程が割り込んできたため、ちょっと待機中です。
 

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全国いっせい学力テスト反対で宣伝…3/31教基法施行記念日行動

 3月31日は私たちの大切な教育基本法が施行された日。改悪は強行されましたが、やらせ教基法から教育を守る決意で、今年も施行記念日行動を行いました。
 とは言っても、街頭宣伝と署名をいつものように三春屋前で行った程度です。昨年教基法改悪反対で一緒に闘った新婦人や地労連からも参加し、全国いっせい学力テスト反対のチラシを配布し、教育関連3法案反対の署名をアピールしました。
 少し前までは春の陽気だったのですが、今日は冬の寒風に逆戻り。治りかけた風邪がぶり返しそうで心配です。

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サイバーアクション(紹介)

兵庫高教組からのサイバーアクションが活躍中です。
ここには、憲法・国民投票法案関連や学力テスト・教基法関連等いくつかのメールフォームが設置されています。
全教の一斉メールフォームは、憲法・国民投票法案のためのものです。

今の時期、たくさんのメールを送ってみませんか。

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'47年教育基本法を手放さないで

新聞で読んだが、小森陽一氏は秋田・由利本荘市の講演(秋田民教研集会)で、「残念ながら改悪教育基本法が通ってしまった」という(司会者の)言葉には47年教育基本法を手放すにおいがある、と話したという。
何が問題なのかしばらく考えてみようと思う。

私たちが、教育基本法改悪に反対する運動の中で強調してきたことは、憲法と教基法は一体のものだということであった。闘いの中でそのことが鮮明にされてきたと思う。教育基本法改悪法案が強行された今、課題は、'06やらせ違憲教基法の具体化をゆるさず教育を国民の手にとりもどすとりくみである。
その基本をどのように考えるべきか、さらにどのように展開すべきか。
小森氏はそれを問題にしているのではないだろうか。

「47年教育基本法を手放すにおい」という警告を、きちんととらえてみたい。

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子どもの権利という観点

 私は教育基本法改悪に反対するこの数年の取り組みで、これまで教育基本法についての正しい理解が欠けていたことを痛感してきました。「女性のひろば」という月刊誌に掲載された口語・教育基本法という記事を読んで、心底納得できたように思いました(我ながらレベルが低いと反省しています)。
 
また、これまで数多く引用されてきた学テ判決の「教育内容に対する国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請される」という部分が、憲法13条と26条から直接導かれていることも不勉強で知りませんでした(教育についてきちんと学んでこなかった、あるいは学ぶ努力の欠如を反省)。年末に教育基本法「改正」情報センターのHPで拝見した世取山洋介参考人の意見陳述(2006年12月1日参議院教育基本法に関する特別委員会)を読んで、「子どもの権利という観点」が自分自身に欠けていたと反省しています。
 私たちは、新しい年に新しい状況の下で、憲法と子ども・教育を守る活動を続けていかなければなりません。その立脚点の大事な一つを教えていただいたと思うので、お読みでない方は、長めの引用になりますがご覧ください。
 なお、全文はこちらです。

以下引用です。
 今日私がお話ししたいのは、子どもの権利という観点から見た国会審議の問題点、現行教育基本法の先駆性および政府法案の問題点ないしは欠陥についてです。(中略)はっきり申し上げなければならないのは、実はこの国会の中で子どもの権利という観点からの法案審議がさほど充実してなされていないということです。例えば政府法案の最大のポイントになっている16条ですけれども、ここでは現行法10条の一項の規定の趣旨、すなわち、たとえ国会の定めた法律に基づくものであったとしても行政の行為が不当な支配に該当する場合があり得るのだという現行教育基本法の10条の趣旨が16条においてもなお継承されているのかどうかということがこの議場で大きな問題とされてきました。
 その際、委員の多くの方が引用するのは、76年の最高裁学テ判決ということになるわけですけれども、引用されている部分は、「教育内容に対する国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請される」と、この部分です。しかしながら、その直後について、一体なぜ国家的干渉が抑制的であることが望まれるのかということの理由を子どもの権利という観点から指摘した次の文章はさほど引用されているわけではありません。読みます。「殊に個人の基本的自由を認め、その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下においては、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、…は、憲法26条、13条の規定上からも許されない」と。
 憲法13条は個人の尊重原理を定めたものであります。しかし、もし仮に国家が、人間が自律した大人になる前の子ども時代に自由に干渉することができるとすれば、実は将来における自律した大人というのは子ども時代において根絶やしにされることになるわけです。したがって、憲法13条の個人の尊重原理から見れば、子ども時代を国家干渉からどのように守るのかということは当然重大な関心事とならざるを得ないわけです。
 現行教育基本法の先駆的な性格として指摘しなければならないのは、この関心を既に持ちながらこの教育基本法がもう作られたという事実です。例えば、前文では個人の尊厳を重んじる教育が行われなければならないとはっきり言い、そしてそのような教育の目的が、教育の第一目的が人格の完成、すなわち人格の全面的発達に求められることを1条で明らかにし、その結果としてのみ良き国民形成が行われるということを明らかにしている。さらに、2条においては、そういった人格の完成を満たす教育が行われなければならない方法について規定しているわけですけれども、そこで書いてあることは、「学問の自由の尊重」と「自他の敬愛と協力」なわけです。今風に言いますと、相互尊重と協働に基づいて教育が行われなければならないんだということを2条は実は言っているわけなんですね。
 教育基本法の立法者意思を最もよく示すと言われている1947年の「教育基本法の解説」を読みますと、10条のところを読みますと、実は10条は民主主義国家における国家と国民との関係についての規定なので、本来であれば2条に規定されていてしかるべきだったんだけれども、しかし特に教育行政に関係するので独立した条項に起こしたと言っているわけです。つまり、2条と10条は表裏一体の関係にあり、「自他の敬愛と協力」、「学問の自由の尊重」という言葉は101項において、引用しますが、「教育は国民全体に対して直接責任を負って行わなければならない」と言い換えられているわけです。
引用終わり。

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憲法に依拠して

憲法19条 思想及び良心の自由
憲法23条 学問の自由
憲法13条 個人の尊重
憲法26条 教育を受ける権利、教育を受けさせる義務

>一九七六年の最高裁大法廷の判決―「国家権力による教育内容への介入はできるだけ抑制的でなければならない」(中略)―は、この論理を、憲法一三条と憲法二六条から直接に導き出しています。ですから、教育基本法が改悪され、これまでの第一〇条が壊されたからといって、「国家権力による教育内容への介入はできるだけ抑制的でなければならない」という大原則は揺るがないし、これからも政府の手を縛りつづける
(↑これは、日本共産党志位委員長の訴えです。学テ判決↓)
>政党政治の下で多数決原理によってされる国政上の意思決定は、さまざまな政治的要因によって左右されるものであるから、本来人間の内面的価値に関する文化的な営みとして、党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきでない教育にそのような政治的影響が深く入り込む危険があることを考えるときは、教育内容に対する右のごとき国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請されるし、殊に個人の基本的自由を認め、その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下においては、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法二六条、一三条の規定上からも許されない

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教育基本法改悪法の成立にあたって

とうとう改悪法案が強行されました。
朝日新聞の地元記者から、教育基本法改悪法の成立を前提としたコメントを求められたので、前から考えていたことを述べました。憲法改悪反対の運動を強めると同時に、憲法に反する内容を持つ改悪法に対して、憲法を支えとして闘い続けることが私たちの課題だと言うことです。内心の自由を侵し、学問の自由を踏みにじり、国民の教育権を奪う法に対しては、憲法を守る立場から闘っていく必要が出てくるのではないでしょうか。
コメントでは述べませんでしたが、乱暴なやり方で教育基本法を踏みにじった与党に対して、審判を下す取り組みも私たちの責務だと思います。
「暴挙を許さない」-この言葉を現実化したい!と思っています。

運動を続けながら、もっともっと強くなりましょう。明日を信じて。

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暴挙に抗議を。徹底審議の要請を。

 参議院特別委員会が審議を打ち切り、改悪法案の採決を強行しました。
 与党のこの歴史的暴挙に、全身の怒りを込めて抗議しましょう。徹底審議の要請を参議院議長に集中しましょう。Faxはなかなか通じませんが、暴挙を許さないために、怒りを込めて。

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