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金大中氏逝去の報に接して

金大中氏の逝去が報じられた。
思えば1973年のKCIAによる拉致の後、市民運動として「金大中(キンダイチュウ)氏らを救う会」が結成され、全国的な運動が行われた。当時の高教組三八支部も支援したと記憶しているし、私自身も会員になった(と思う)。運動の目的は、金大中氏の生命を守ること、韓国の政府機関によって蹂躙された日本の主権を回復すること(金大中氏を日本に戻すこと)だった。
まもなく金大中氏は解放されたが、日韓両政府の間で政治決着が行われ、事件の操作は打ち切られた。
1980年の民主化運動(光州事件)で死刑判決(恩赦で無期懲役に)を受けているが、「救う会」が活動していたかどうかは定かではない。

金大中氏が1998年に大統領に就任したとき、「救う会」の活動の意義をあらためて感じたことを覚えている。このことを同僚に話した際、金大中氏のことを「キンダイチュウ」と呼んだら、古いと言い、「キムデジュン」と呼ぶのだと指摘したのは社会科のN先生だった。
金大中氏の大統領としての業績についてはコメントしない。
※南北関係の改善、日韓友好関係の構築などでノーベル平和賞を受賞したことは追記しておきます(8/19)。

時が経ち韓国はずいぶん変わったと思う。日本は、どうか…。

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