« 田母神元航空幕僚長のこと-井上哲士氏のメールマガジンから | トップページ | NTLDR is missing... »

晩秋だが、秋にちなんで一つ。
危急存亡之秋、他事之秋-秋と書いてときと読むこの使い方を30代半ばまで知らなかった。知ったのは当時仕事をしていた県高教組書記局でI副委員長の文章を読んだときだと思う。もちろん?と思ったのだが、まず辞典を引いてみて、分かった。文章を書いた当人が目の前にいたのに質問しなかったのは、それ以前に、私が「微に入り細に入り」という使い方をしたときに、本来は「微に入り細を穿つ」だが…と、やんわり訂正してくれたことがあり、それ以来、氏の博識ぶりと自分の無知を自覚していたからである。辞書を引く癖もそのころ付いたと思う。調べて、確かに細かな穴のような「細」は穿つものだと納得した。
書記局では、月3回、B4裏表でベタなら9600字の新聞を4年間作り続けた。当時は、臨調行革問題や売上税、労働戦線問題など様々な問題があったころで忙しかったが、新聞を予定日に発行するために夢中で、取材し、記事を書いていた。文章を書くのが苦手だったのにつらかったという記憶はない。いつの間にか苦にならなくなっていたのだ。
新聞発行には校正がつきものだが、さまざまな記事を毎回読み、校正することでも文章を書く力が少しは身についたのかも知れない。
職場に復帰して、学年主任をしていたときに、学年通信に「決戦の秋(とき)」という見出しをつけて一人で悦に入っていた。ひけらかす癖は、なかなか直らない。

臣亮言。先帝創業未半、而中道崩殂。今天下三分、益州疲弊。此誠危急存亡之秋也。

|

« 田母神元航空幕僚長のこと-井上哲士氏のメールマガジンから | トップページ | NTLDR is missing... »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/188576/43091694

この記事へのトラックバック一覧です: :

« 田母神元航空幕僚長のこと-井上哲士氏のメールマガジンから | トップページ | NTLDR is missing... »