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大西事務局長の急逝を悼む

7月11日夜、三八地労連事務局長・大西勝巳氏が急逝した。
地労連第19回定期大会が開かれたのは7月7日・土曜日で、氏は事務局長としてその任務を果たした。そして事務局長に再選され、新しいスタートを切ったばかりである。
体調が悪いようには見えなかったが、大会終了後に頭痛を覚えて病院に行き、そのまま帰らぬ人となった。
彼が地労連に勤務したのは、地労連結成直後からで、最初は事務局員としてだった。その後、事務局長を引き受けてがんばってきた。運動の前進や停滞に一喜一憂せず、地域の労働運動、平和運動に身を捧げてきたと思う。一度体調を崩したことがあったが、その後も自分の体と相談しながら仕事を継続してきた。
自分ががんばると同時に、人なつっこい笑顔で仕事をみんなに分担してもらう。みんな、得手不得手があるからそれを認めつつ、それぞれの力を発揮してもらう、そんな仕事の仕方をする人だった。
パソコンになかなか慣れることができないでいたので、時間があれば事務所で教えてあげたい、撮りためていたデジカメの画像のPCへの保存方法も教えてあげよう…と思っていたのだが、その機会は失われてしまった。
教員になったばかりのころ、彼はまだ高校生で、当時盛んだった「高校生の集い」によく参加していた。まっすぐな考え方をする青年だった。地労連役員として一緒に仕事をするようになり、対等の立場になったのだが、ときどき、どこか(私に対して)遠慮しているようなそぶりを見せた。もう少し時間があれば、もっと近づけたのにと思う。
心残りは、多い。

彼を失った悔しさをかみしめながらも、彼が支えてきた地労連運動と憲法・平和擁護の活動を継続し、発展させて行かなければと思う。

ご冥福を祈ります。

追記 故人のお名前を誤記していました。"己"ではなく"巳"です。謹んで訂正いたします。なお、デーリー東北の死亡広告で、西という字も字体がことなることを知りましたが、対応できないのでそのままとさせていただます。。

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コメント

大西勝巳という人の本当の姿を知る人はどの位いるのでしょう。悲しみにくれる身内でさえ、本当の彼を見る事は無かったように思います。高校生の時にすでに病気をかかえ、死と隣りあわせで今日まで来ました。今、沢山の友人や仕事仲間達にめぐまれ、その人達に見送られていく『かつみさん』に、お疲れ様と言いたい。「千の風になって」を口ずさむ彼の声が今でも耳にのこっているのは私だけではない気がして…。
弟の事を書いてくだっさたブログをみつけた時は感激しました。ああ、ここに彼が生きていたあかしがあると思ったからです。思ったままを書いてしまいましたが、感謝でいっぱいです。ありがとうございました。

投稿: tonko | 2007年7月12日 (木) 22時34分

地労連事務局に採用する際の面接で「体は大丈夫?」と聞いた覚えがあります。持病があるとうかがっていたので質問したのですが、「大丈夫です」ときっぱりと答えてくれました。普段私たちには元気な姿を見せるので彼の体のことを真剣に考えて来なかったと思います。
でも、最近は体調が悪いと自分から言うこともあり、無理はさせられないなと思っていました。
歌が好きで、大きな声でみんなの前で歌うことが常でした。原水禁世界大会の壮行会で、メーデーで、あるいは反戦集会で、何度も彼の声を聞きました。
私の携帯には、地労連定期大会に向けた確認電話の声が残っています。
この声を二度と聞けないことが信じられない気持ちです。

投稿: マリオ | 2007年7月13日 (金) 10時44分

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