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「南部」について

 何となく書きたかったので、以下書き残しておきます。
 青森県の東部・太平洋側は、南部と呼ばれている。甲斐南部氏を祖とする南部氏が支配した地域である(NHK大河ドラマを見て、気になったので検索してみたら、甲斐南部氏は武田信玄・甲斐武田氏とも接点があるらしい)。
 南部氏は、中世から江戸時代まで、岩手から青森までを支配した一大勢力だった。根城南部、遠野南部、盛岡南部、八戸南部、三戸南部、七戸南部等が街をつくり、城や遺跡も残している。
 私は青森県人だが、県西部の津軽出身なので、こうしたことは八戸に来て初めて知った。青森県は、地図で見ると本州の端っこで辺境の地のイメージがあるが、縄文時代も含めて、ずいぶん交流が盛んだったのだと思う。
 南部の地には会津衆(会津藩からの人々)も多いが、それはまた別の話である。

山梨県南部町http://www.town.nanbu.yamanashi.jp/
南部氏についてhttp://www006.upp.so-net.ne.jp/jubei/rekisikan/nanbu/nanbu.htm
八戸市と南部氏http://www.tonotv.com/heisei-nanbu/rekishi/a_hachinohe.htm

追記 「田舎なれどもサーハーエ 南部の国はサー」とうたわれる南部牛追い歌は、同じ南部でも岩手県の民謡である。

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